人、もの、様々なテーマをもとに描く短編集です。
本屋さんで所狭しと並べられている本には、ひとつひとつに世界があります。1冊手にとるたび、1つの世界を体感できます。そして、また別の1冊を手にしたら、そこには別の世界が存在します。そんな世界を、自分なりに表現できたらなと思います。
『各駅列車の恋模様 - 夕暮れ高台編』
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
心地良い揺れとは裏腹に、ひと駅、またひと駅と進んで行く度、
緊張感で体中が汗ばんできた。
ただでさえ、夏の夕方は気温が下がらず暑いというのに、ここにきて緊張感が
どうにもこうにも暑さを助長させている。
軽く深呼吸をしてみたけど、ほんの一瞬しか暑さと心臓のバクバク感はおさまらなかった。
気を落ち着けようと、再び各駅列車の窓から外の景色を眺めてみる。
終わりそうにない夏の夕焼けが、眼前に広がって圧倒された。
つぐみちゃんは、この夕焼けに気づいているのかな。
カフェにいると言っていたから、もしかしたら気づいていないかもしれない。
一番に教えたくなって、また緊張してしまった。
何だろうこの、単純な気持ち。
ゆっくりと開くドアからホームに立ち、改札へと続く道を探す。
ホームのちょうど真ん中辺りだったので、左にも右にも進路がとれ、
どっちに行ったらいいんだろうと考えてしまった。
カフェがありそうな方を勝手に考えて、左の改札口に行ってみることにした。
何となく、雰囲気がそうだったのだ。
ちょっとした勘なら、わりと自信がある。
改札を出ると、ちょっとした商店街のようなものがあって、ファーストフードや
スーパー、花屋さんなどが並んでいた。
その中で、オシャレな感じがするカフェを見つけた。
自家焙煎をうたっている、老舗感のある店構えだ。
入り口付近はガラスになっていて、カウンタータイプの座席が数席並んでいる。
参考書を広げる学生、手帳とにらめっこをするサラリーマン風の男性、
くつろいでいる年配の女性。
その一部に、つぐみちゃんの姿もあった。
「やった、当たった!」
つぐみちゃんは、いつものように文庫本を取り出して、熱心に読みふけっている。
俺は、その場で彼女の所作をしばらく眺めていた。
すぐそこにいるんだから、声をかければいいと思うんだけど、そうしたくないズルさの
ようなものが、俺をその場に立ち止まらせた。
ずっと見ていたい、そう思ったんだ。
いつもの電車の中とは違う光景に見とれていると、ふとつぐみちゃんが携帯を取り出し、
開いてはすぐに閉じ、また文庫本に目を落とした。
そうだ、俺は彼女を待たせているんだ。
改めてそう気づき、そこに根が生えたように立ちつくしていた俺は、一度頭をぶんぶんと
振ってつぐみちゃんの席へと歩いていった。
自動ドアを抜けると、カフェのスタッフが笑顔で「いらっしゃいませ!」と言ってくれた。
こっちが恐縮してしまうくらいの微笑みだ。
「つぐみちゃん、遅くなっちゃってごめんね。」
そう呼びかけると、一瞬驚いた表情になったつぐみちゃんは、俺を見ると
くしゅんと笑い、大きく頭を振った。
「ううん、メールくれて嬉しかったから、大丈夫だよ。」
「そっか、ありがとう。あ、本読んでたんだね。」
「うん、そうなの。まだ読み始めたばかりなんだけど、すっごくおもしろくて
どんどん先に進みたくなっちゃうんだ。」
「そういう本、俺も気になるなぁ。」
「うん、さとるくんも、好きかもしれないね。」
何でもない会話なんだけど、何だかとても嬉しかった。
ほんの数時間前まで、たくさん交わしていたコトバだけど、今もまたあったかくて、
胸の奥がきゅんと震えるようだ。
何気ない一言に、ドギマギしてしまう。
「そだ、つぐみちゃん、外の夕焼け見た?すっげぇ、きれいだったよ。」
「カフェにいたから、外はあんまり見てなかったんだ。今もまだ、夕焼けしてるかな?
ちょっと見てみるね。」
つぐみちゃんはカフェを抜け出し、外の夕焼けを確認しにいった。
俺は手持ち無沙汰になってしまい、仕方なく空いている席に腰をかけてみた。
いや、こういうときは追いかけた方がいいんじゃないか。
しまった、どうしてすぐに行動できなかったんだろう。
かなり、悔しい。
「さとるくん、すっごいきれいな夕焼けだね!びっくりしちゃったよ。
あ、よかったらでいいんだけど、オススメの高台があるから、そこから
夕焼けを見てみない?私のお気に入りの場所なんだ。」
「うん、教えてほしいな、その高台。一望できそうだもんね。」
「そうなの!」
嬉しそうな表情で少し飛び上がったつぐみちゃんは、
俺が見ているのに気づくと、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
そして俺まで、赤くなってしまった。
何なんだろうこの、俺の恥ずかしさ。
胸の奥をくすぐられているようだ。
ふたりでカフェを出て、つぐみちゃんの案内に従って高台を目指した。
とても閑静な場所で、住んでいる人たちも落ち着いているように見える。
時折顔を出すオシャレなお店が、雰囲気のよさを醸し出している。
つぐみちゃんは、自分が住む街をこと細かに解説してくれた。
小さい頃の思い出を、ひとつひとつ紡いでいくように。
そのときのつぐみちゃんが、そこで話している感じがした。
「私はこの街が好きなんだ。ずっと住んでるからかもしれないけど、
すごく愛着があって。もうすぐ見える高台も、本当に素敵な場所なんだ。
気持ちを休めたいとき、必ず高台に行ってぼーっとするの。ただ、ぼーっと。」
今までのつぐみちゃんの笑顔とは違うすごく穏やかな表情で、
それが夕焼けの一部となって、すごくキレイだった。
思わず、見とれてしまった。
心臓の鼓動がどんどん高くなる。
それに気づいているかのように、つぐみちゃんは俺の顔を覗き込んだ。
「ご、ごめん、い、いい街だなって、い、色々ぼーっとしちゃった。」
「ふふっ、そっかぁ。」
それからは、何だかうまく話せなくて、黙り込んだまま高台へ向かった。
つぐみちゃんも、そんな俺を真似してか、ゆっくりと先を歩いていった。
「伝えたいこと」を胸にしまったまま、何だかそわそわしてしまう俺はかっこ悪い。
さっきから、なんか、妙に気持ちが落ち着かない。
素直に、ちゃんとつぐみちゃんを見て、この気持ちなんて伝えられるのだろうか。
考えれば考えるほど、マイナスが連結して強力なパワーを発揮してくる。
恋ってどうして、苦しくもあるんだろう。
「さとるくん、あそこが高台だよ。もうちょっと上っていくと、
お気に入りの場所に着くんだ。」
つぐみちゃんはゆっくりとしていた足取りを速め、小走りの感じで進んでいった。
きっと、早くお気に入りの場所に行きたいんだろうな。
俺も彼女を追うように、少し歩幅を広くとってついていった。
少しずつ、確かにやってくる光景が、その場所でふたりを待っていた。
「す、すっげぇ・・・。」
「うん、うん。」
高台の中でも、ちょっと左に外れた場所。
ぽつんとベンチが置いてあって、知っている人じゃないと気付かない場所。
そんなところが、つぐみちゃんのお気に入りの高台だった。
眼前の光景は、本当に圧巻だった。
時間が経って、少し終わりかけている夕焼けも、その名残がまだ空を覆っていた。
一枚の絵を見ているようだ。
複雑に色を組み合わせることなく、単色で画用紙をいっぱいに満たしたような空。
シルエットとして暗くなるビルや家や電信柱なんかが、余計にそれを引き立てている。
下手に口にして表現してしまうと、この景色がもったいなくなっちゃう気がして、
俺はただただベンチに腰をかけて何度も見渡した。
つぐみちゃんも、同じように見渡しては、コトバなく微笑んでいる。
実際は横顔すら見れてはいないんだけど、そういう姿が浮かんできた。
「すっごい場所を教えてくれてありがとう。なんていうか、贅沢だね。」
「うん、すごいよね、この景色。さとるくんが教えてくれたから、
私もここを案内できたんだ。」
「いいタイミングだったのかな?」
「うん、今しか、ないもんね。」
つぐみちゃんは真っすぐ前を見たまま、少し小さな声で話していた。
夕焼けを教えたときのテンションとは、全く違っている。
『気持ちを休めたいとき、必ず高台に行ってぼーっとするの。ただ、ぼーっと。』
俺はその意味を、わかっているのだろうか。
「つぐみちゃん、お、俺ね、もう知ってるとは思うんだけど、毎朝あの電車に
乗るのがすっごい楽しみだったんだ。そ、それは、つぐみちゃんが反対側に
乗ってて、ちょっとでも見れたら嬉しくて、ただ、ただ、それだけのことなのに、
毎日毎日、楽しくて。こないだ初めてちゃんと会ったときも、今日一緒に遊んだ
ことも、みんなみんな嬉しくて・・・。」
喉に何か詰まっているのか、コトバがまとまってちゃんと出てこない。
振り絞ろうとする声が、弱々しく語尾を消してしまいそうになる。
咳払いをしても、変わらない。
つぐみちゃんは、今度は真っすぐ俺を見ている。
瞬きを止めているかのように、しっかりと、俺を見据えている。
「だから、その、なんて言うか、帰ってるときに俺の気持ちがこうもくもく
してきて、なんか、ちゃんと話さなくちゃと思ってたんだ。つぐみちゃん、
さっき、今しかないって言ったでしょ?うん、俺もそんな気持ち、今だと
思うんだ。ははっ、よくわかんないね。」
「ううん、ちゃんとわかるよ。」
「う、うん、俺さ、もっとつぐみちゃんと一緒にいたいんだ。その、なんて言うか、
もっと知りたいっていうか、もっと、話したいっていうか・・・俺、好きなんだ、
つぐみちゃんのこと。」
顔がヒクヒクしている。
笑顔でいたいのに、痙攣が走っているようだ。
びっくりするくらい、自分の心臓の音が聞こえてくる。
電車に乗ってるときとは比にならない。
つぐみちゃんは、まだ何もコトバを発していない。
余計に、緊張する。
いつのまにか、夏の夕焼けはすっかり色を濃くして黒くなってきた。
夕焼けと交代するかのように、星がきらきらと輝きだした。
どうやって、またここまで戻ってきたんだろう。
何だかよくわからなくなって、辺りを見渡してみた。
気付けば、駅の改札で切符を買い、それを握りしめている俺がいる。
そうか、ここはもう、高台じゃないんだ。
そのとき、ふと、誰かに肩を叩かれた。
「さとるくん、切符買えた?」
「あ、うん、買えた買えた。」
そこにはつぐみちゃんがいた。
不安そうな笑顔で俺を見上げている。
俺は慌てて、大げさに笑顔になった。
「そんな心配しなくても、大丈夫だよ。」
「ふふっ、そだね。」
「うん、それじゃ、またね。」
「うん、ありがとう、さとるくん。」
自動改札に切符を通し、人の流れにそってホームへと歩いていく。
でも何だか、記憶がほころんでいる。
ボタンがひとつ足りないシャツを着ているようで、落ち着かない。
あれから、どうなったんだろう。
つぐみちゃんは、何とコトバをくれたんだろう。
手を振ろうとつぐみちゃんを見ると、携帯を手にして横にぶるぶる振っている。
首を傾げると、反対の手で携帯を指差した。
「携帯を見ろってことなのかな。」
カバンの中から携帯を取り出し見てみると、画面に新着メールを告げる
マークが表示されていた。
もう一度つぐみちゃんを見ると、ゆっくりと頷いていた。
それは、つぐみちゃんからのメールだった。
From:つぐみちゃん
subject:ありがとう
『今日は八景島と高台と、すっごく楽しかったよ。悟くんの気持ちも嬉しかった。
これからも、ずっとよろしくね。私も、悟くんのことが好きだよ。』
びっくりした。
何度読み返してみても、文面は全く変わらなかった。
つぐみちゃんが、俺のことを好きでいてくれたんだ。
あのときのように、嬉しすぎてつぐみちゃんとの約束を忘れてしまっていた
ときのように、また俺は嬉しさが頂点を越えてしまっていたらしい。
色んな気持ちが入り混じって、かーっと汗が噴き出してきた。
そんな俺でも、それでもつぐみちゃんは、そこにいてくれる。
ガタンゴトン。
帰りの各駅列車がホームを離れていく。
そこに座っているはずの俺は、体の向きを変え、ダッシュでつぐみちゃんへ急いだ。
もう一度ちゃんと、自分のコトバも、つぐみちゃんのコトバも、受け止めなくちゃいけない。
ガタンゴトン。
今度はきっと、心地よい車音に安心して揺られるだろう。
※ショート・ストーリーはフィクションであり、実在する人物や企業、
団体とは関係ありません。